問題の背景に思いを巡らそう。

私たちは、身近な人が困っていたらどうしますか?

「助けたい」、「力になってあげたい」

その思いから手助け、私たちは困っている人にアドバイスしようとするかもしれません。

けれど安易なアドバイスは、反対に逆効果になることもしばしば。

それはなぜなんでしょう?

今回はこのテーマについて、学校と家庭とで態度にギャップがあるケースを例にお話していきますね。

学校では無理して普通に振る舞う子

カウンセリングでいろいろなお子さんの話をお聴きしていると、時にこのようなお話をお聴きすることもあります。

「『学校では明るく、真面目で、元気そうに過ごしていますよ。』
学校の先生は、そう話してくれるんですけど、子どもは家に帰るとぐったりしているし、
毎朝学校に行くときの苦しそうな表情はこっちもつらくて。」

皆さんのご家庭ではいかがでしょうか。

家での様子と、学校での様子がまるで違う子どもたち。

もちろん、成長していく中で、子どもも家族に見せる姿と友達に見せる姿が異なるのは自然なことでしょう。

思春期になれば、親御さんとはなかなか会話をしなくなったり、自分の部屋で過ごす時間が増えたりと、
家族との接点が減ることも増えてくるかもしれません。

けれども、家ではとても苦しそうにしていたにもかかわらず、
学校では普通に元気に過ごしていることを聞くと、
「かなり無理しているのではないか」と心配になるのも無理はありません。

そして、学校では何事もなかったかのように普通に振る舞っている分、
お子さんのつらさが家族以外の人になかなか理解されづらいという状況もあるかもしれません。

あなただったら、どんな風にかかわりますか?

毎朝ベッドの中でつらそうにしている姿と、先生から聞く学校での元気な姿のお子さんに対して、
あなただったらどんなふうにかかわるでしょうか?

「もっと気楽に過ごしたら?」

「もっと手を抜いてもいいんじゃない?」

「周りの友達のことは気にせず一人で過ごしていてもいいんだよ。」

きっと、こんなアドバイスをしたくなるかもしれません。

そのかかわりの背景には、きっと「お子さんが感じているつらさを軽くしてあげたい」という思いもあるでしょう。

そして、実際に

「気楽に過ごすことができたら」

「手を抜くことができたら」

「周りのことを気にせずに過ごすことができたら」

きっとお子さんのつらさは和らぐでしょう。

けれど、こうしたアドバイスがなかなかお子さんに届くことはありません。

むしろ、怒ったり、落ち込んだりと、反発が返ってくることも十分あるでしょう。

それはなぜなんでしょう?実はお子さんにアドバイスをする前に考えておきたいテーマもあるのです。

子どもの気になる姿の背景に目を向けよう

アドバイスをする前に考えておきたいテーマ。

それは、子どもが今の振る舞いに至るまでの背景を考えること。

例えば、「学校で明るく、真面目に、元気そうに」振舞っている子どもも
最初からそのようなふるまいではなかったかもしれません。

元々の性格が明るく、真面目で、元気な子で、今もそれらを無理なく持ち合わせているのであれば、
学校から帰ってきた後のぐったりした姿や、毎朝苦しそうにベッドの中にいることもないでしょう。

何かしらの事情があって、学校では「明るく、真面目に、元気に」、
お子さんも振る舞わざるをえないのかもしれません。

問題を改善するためにアドバイスをするのは簡単です。

しかし、カウンセリングには「問題の共有」というプロセスがあります。

これは、その問題のつらさや事情などを相手と理解し合うこと、理解し合っていることを共有する段階です。

この段階を経ずに、アドバイスをしても相手に響かないばかりか、相手との信頼関係にもネガティブな影響を与えるかもしれません。

アドバイスは相手を否定する危険も

アドバイスというコミュニケーションについて、少し考えてみましょう。

私たちはどんなときにアドバイスを相手にするでしょうか?

そう、今回のように「相手が困っていて、それを解決できるようにしてあげたいとき」となります。

そして、あなたがしてあげるアドバイスを、「相手はまだしていないのではないか」とも考えているでしょう。

つまり、相手が取り組んでいることよりも、あなたがするアドバイスの方が
効果的に解決できると考えているからこそ、アドバイスをしようと思えます。

けれど悪い風に言い換えれば、
「あなたのやり方は間違っている。私のアドバイスの方法があなたのやり方よりも正しい。」
という意味にもなります。

このようにアドバイスというコミュニケーションは、
どうしても相手を否定する意味合いが混ざってしまいます。

例えば、あなたが困っていることに対して、事情を良く知らない人から、
あなたも当然わかっていることをアドバイスされたらどう思うでしょうか。

「事情もよく知らないくせに!」とイライラしたり、
「全然わかってもらえない…。」と悲しかったりするかもしれません。

問題の共有というプロセスを経ずに、いきなりアドバイスをすることは、
相手を否定するリスクにもなります。

後に引けなくなっている子たち

もしかしたら、「明るく、真面目に、元気そうに」振る舞っている子どもも、
最初はそうではなかったかもしれません。

というのも、個人のパーソナリティというのは集団の中で過ごすことで、
実際以上に強化されてしまうことがあります。

例えば、学校のあるテストでイイ点数を取った子がいたとします。

その子はイイ点数を取ったことで、周りからも「すごい!」とほめられ、嬉しい気持ちに。

そして、次のテストでも勉強を頑張り、イイ点数を取ることができました。

周りからも「すごい!」と褒められたことに加えて、「さすが○○さん!」とも言われ、自分は勉強ができる子として、周りから思われていることを感じます。

また、次のテストがやってきました。イイ点数を取ろうとする気持ちもあるのですが、イイ点数を取らなければならない、そんなプレッシャーも感じ始めます。

このように、初めは勉強ができる子という認識はその子自身にはなくとも、個人としても、集団としても経験を積み重ねる中で、次第にその子のイメージは強化されてしまうことがあります。

そして、いつしか周りから期待されている自分のキャラクター通りに振る舞うことを必死でしている子もいます。

問題の背景に思いを巡らす大切さ

もちろん、学校で友達と過ごすことは家で過ごすことよりも楽しいから、自然に明るく振る舞っている子もいるでしょう。

しかし、学校では周囲の期待に応えなければならないというプレッシャーと闘い、家だけが素の自分に戻れる唯一の場所になっているケースもあります。

そして、家庭の中でお子さんの姿を一番近くで見ている分、
つらそうな姿をみれば「何とか力になってあげたい」と思うのは自然なことでしょう。

けれど、問題のつらさ、事情を共有するプロセスをせずに、
アドバイスをすることはお子さんをさらに孤立させてしまうことにもつながりかねません。

今は問題のように見える態度も、その子にとっては、
今まで自分自身を支えてきてくれた、守ってきてくれた態度なのかもしれません。

だからこそ、問題として扱わずにまずはその背景に思いを巡らすことを大切にしていきましょう。

そして、今までどれだけ頑張ってきたのか、その努力を大事に労いましょう。

これからのことを考えるのは、そのあとでも大丈夫です。

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