新学期、自分たちの進むペースを大切に。

始業式、新学期、夏休み明け、GW明けなど、1年の中では数多くの節目がやってきます。

「心機一転」という言葉にあるように、新たなスタートのきっかけとなることもあるでしょう。

一方で夏休み明けの時期になると、自分で自分を傷つけることがないように、子どもたちの心身を守るために、様々なメッセージが著名人から発信されるなど、子どもたちの心のケアへの重要性も増しています。

夏休み明け、始業式は登校のきっかけに?

「夏休み明けから行く」、「2学期からは行く」など、新しい始まりのタイミングに合わせて、登校を再開するつもりであることを話す子もいるでしょう。

本心からそのように思い、宣言することで自分を奮い立たせている子も中にはいます。

一方で、学校の話を先延ばしするためにそのように話す子もいるかもしれません。

いずれにせよ、夏休み明け、2学期、始業式など、物事の始まりは、きっかけとして使われやすいものです。

私たちも「〇〇からやろう!」など、節目をスタートのきっかけにしますよね。

新学期など、節目は気持ちが不安定に。

何かを始めるきっかけとして、こうした節目は一歩踏み出す助けに、背中を押してくれるものになるかもしれません。

しかし一方で、新学期や始業式などの学年暦で定められている節目は、当然ですがあらかじめ決まっています。

子ども自身のペースに合わせてくれるものではないため、場合によってはプレッシャーを強く感じることもあるかもしれません。

例えば、心と体を十分に休めることができ、子ども自身も「そろそろ学校に行ってみようかな」と登校への意欲が出ている状況で、新学期などの節目を迎えることは、踏み出す良いきっかけになるでしょう。

一方で、心身を休めることができておらず、登校することに対して強いストレスを感じている状況の中で、新学期が始まり、「学校に行かなくてはならない」とさらにプレッシャー、ストレスが増す状況もあるでしょう。

「新学期だから学校に行かなくてはならない」という思いは登校することの動機付けになる可能性もありますが、登校することへのストレスが改善されたわけではありませんので、初日に登校できたとしても長く継続することは難しいでしょう。

このように、新学期などの節目は、心身の準備が整っている場合は踏み出すきっかけにも活かしやすいでしょう。

しかし、新学期などあらかじめ決まっている節目に対して、都合よく心身の準備が整っているケースの方が珍しいものです。

そのため、「新学期だから」、「始業式があるから」と自分のペース以上に無理をしてしまい、ストレスを多く抱えてしまうケースが増えてしまいます。実際、夏休み明けは1年の中でもご相談の件数が最も増える時期の一つとなります。

注目を向けたものを過大評価しがち?

私たち人間には、バイアスという考え方の偏りや先入観などを持っており、それに気づかずに思い込んでしまうことが多くあります。

例えば、確証バイアスというものは、自分の主張を守るために自分の主張に沿う情報のみを無意識に取り入れ、自分の主張に沿わない反対意見の情報は無意識に排除してしまうバイアスのことです。

喫煙される方の場合ですと、喫煙しても健康に害はないという情報を無意識に取り入れ、健康に害があるという情報を無意識に排除することで、喫煙するという行為を守ろうとするのも、その一つと言えるでしょう。

このように、バイアスは私たちの日常生活の中で自然に起こるものですので、完全になくすことはできません。

そして、始業式や新学期などの節目で気持ちが不安定になる一つにもこうしたバイアスがかかわっています。

それが、私たちは注目を向けたものを過大評価する傾向があるというものです。

ここまでお話してきたように、始業式や新学期などの節目は、私たちにとっても何かを始めるきっかけに使われたりもします。

冷静に考えれば、1年365日あるうちの1日にすぎませんが、私たちはある日に節目という特別な意味を与え、他の日とは区別してとらえています。

その結果、始業式は初日だから行かなくてはならないという思いが強くなり、プレッシャーをより感じてしまうケースも出てきます。

そして時には、「始業式に行けなければもう学校に行くのは無理だ」と、始業式を重要視しすぎるあまり、誤った解釈をしてしまうかもしれません。

実際には、始業式も数ある登校日の1日にすぎません。

始業式を休んだとしても、学期途中で登校を再開する子も多くいます。

むしろ、自分のペースで主体的に取り組むことがしやすいというメリットもあります。

さらに言えば、登校する意欲が出ている子は自分からきっかけを見つけてくることもあります。

例えば、「今日は金曜日。今日行ったら明日休みだから行ってみようかな。」、「明日は週の初めの月曜日だから行ってみようかな。」、「水曜は授業が楽な日だから行ってみようかな。」など、登校しようという気持ちがあるときは、自分でいろんな日をきっかけにしてしまいます。

自分たちのペースを見失わないように。

学年暦にある行事、節目というのは、子どもたちのペースに合わせてくれるものではありません。

むしろ、子どもたちがその予定に合わせることがほとんどでしょう。

もちろん多くの人と一緒に暮らしていくためには、協調性というように、周りに合わせる力も大切です。

しかし、その合わせる程度が、子ども自身が許容できる範囲であればきっかけにもなりえますが、自分のペースを無視して合わせざるをえない状況になった場合は注意が必要です。

「自分だったら当然こう考える」ということでも、他の人にとっては違う考えもあるでしょう。

心というのは目には見えず、また受け止め方も人それぞれですが、新学期の始まりなどの節目のときは、ついその節目に意識が引っ張られ、その子の今の調子、ペースに配慮する余裕がなくなります。

自分たちの進むペースを大切に。

始業式は新しい学期の最初の1日でもありますが、それ以上の意味はなく、数ある登校日の1日にすぎません。

始業式など、どうしても私たちの気持ちもその節目に引っ張られやすい時期だからこそ、自分たちにとってのペースを改めて考えていきたいですね。

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